半月が過ぎた、ある日の夕暮れ。 シャルロットはひとり、庵の中で繕い物をしていた。繕っているのは、幻十郎の着物だった。誰かと戦った時にできたらしい、刀による大きな斬り跡を縫いあわせていた。自分を汚した男の着物を繕うという行為にも、今のシャルロットはさほど抵抗感を感じていなかった。もともと刺繍が趣味だけに裁縫は得意だし、剣を捨てた彼女には他に時間の費やし方も思いつかない。 彼女の雰囲気もずいぶん落ち着いていた。長くなった金髪は簡単に結い上げられていたし、着物の寸法も体格に合わせて直してある。表情は穏やかになり、見た目では軟禁されているようには見えないだろう。 「……できた」 シャルロットは繕いの出来栄えに満足そうに微笑んだ。糸の色が着物と違うが、この庵に針と糸があるだけでも良しとする。 その着物を畳み終わるのと、幻十郎が庵に戻って来るのは、ほぼ同時だった。彼は無言のまま無造作に、食料をシャルロットに向かって投げ出すと、囲炉裏端にどっかりと腰を下ろす。どうやら機嫌が良くないらしいことを悟ったシャルロットは、酒の入った徳利と杯を用意した。それを幻十郎の前に置こうとした時、彼の着物の袖に鮮血がこびりついているのを見つけ、シャルロットは小さく息を呑む。 「また……誰かを斬ったのか……」 シャルロットの呟きに、幻十郎の眉がぴくりと跳ね上がった。 「黙って注げ」 幻十郎は内心の苛立ちを押し隠すように、シャルロットに向かって杯を突き出した。彼女が従うと、勢いよく中身をあおって、再び突き出す。今度は無言で。 「……食事はどうする?」 シャルロットは酒を注ぎながら、控えめに訊ねてみた。逃亡を諦らめた時から、家事全般が彼女の日課となっていた。囲炉裏にかけられた鍋の中には、夕方に彼女が作った料理が入っている。 「いらん!」 苛立ちを隠そうともせず、幻十郎が怒鳴った。だいぶ慣れたとはいえ、突然のことにシャルロットはびくん、と身をすくめてしまう。機嫌が悪い時の幻十郎の過酷な攻めが、体に染み付いた恐怖心を呼び起こしてしまうのだった。 「……何か……あったのか?」 恐る恐る、といった態度で訊ねても返事はない。ただ、幻十郎の口の中で、ぎり、と歯ぎしりの音がした。答えを期待していたわけではないが、シャルロットはわずかに目を伏せる。 「……仕留め損ねた……」 ぼそり、と幻十郎が呟いた。よほど注意していなければ、すぐ近くにいても聞き取れぬほど小さな呟きだった。 「……そうか……」 まさか、それはよかった、とも言えず、シャルロットは曖昧に答えた。その時。 ――ぱたり。 木の床に、何かの雫が弾けた。赤い液体――血である。 「……?」 返り血かと思っていた袖口の血液は、幻十郎自身のものだった。 「あんなクズ侍ごときに手傷を負わされるとはな!」 苛立ちをぶちまけるように叫び、幻十郎は杯を投げつけた。酒の飛沫が飛び散ったが、シャルロットは濡れるがまま、ただじっと幻十郎を見つめていた。 「何だその目は! 俺を憐れんでいるつもりか!」 幻十郎はシャルロットの着物の胸倉を掴み、詰め寄った。目は充血しており、顔は真っ赤に紅潮している。明らかに普通の状態ではなかった。シャルロットは慌てたように退こうとしたが、胸倉を掴まれていてはどうにもできない。幻十郎の手を抑えようと手を伸ばす。 「……熱い!?」 幻十郎の手は、異常な程の熱を持っていた。傷が悪化しての発熱であることは、一目瞭然だった。酒のせいで血液の循環が活発になり、幻十郎の腕からはどくどくと血が流れ出している。 「幻十郎、傷の手当てを……」 「うるさい!」 幻十郎はシャルロットの手を引き剥がし、彼女の着物を左右に開いた。幻十郎の血がこぼれ、シャルロットの白い胸を赤く染める。 「そんなことをしている場合ではない、傷は深いのだろう!?」 「黙れと言ってる!」 幻十郎は乱暴にシャルロットの帯を解き、前を開いた。シャルロットはあからさまに抗うこともなく、なすがままになっていた。血に染まった幻十郎の手が胸の柔肉を掴んでも、以前のように悲鳴を上げて逃げたりせず、わずかに眉根を寄せるだけだった。 「ふ……はぁっ……」 毎晩のように抱かれていたシャルロットの体は、さしたる抵抗もなく幻十郎の怒張を受け入れた。うなされているかのような声を上げながら、幻十郎はシャルロットの中に逸物を突き入れる。シャルロットは幻十郎の突き上げに声を上げながらも、彼の体を包み込むように腕を回した。 「……何の真似だ……」 異常に熱い吐息と共に、幻十郎が訊ねた。 「……ほんの……戯れだ……」 シャルロットの答えに小さく舌打ちしながらも、幻十郎はそのまま腰を動かし続ける。 「あっ……はぅ……あぁっ……くっ…ん……」 幻十郎の動きに合わせてシャルロットが、か細い声を上げる。今の彼女は、行為によって快感を得ていることを自覚しているし、時としてそれを望むこともある。が、まだ羞恥心が邪魔して、素直に大きな声を出すことはできなかった。 「くそっ! くそっ! あのクズ侍めが!!」 「ううっ……あうぅっ……」 戦った相手のへの怒りを、幻十郎はシャルロットの膣に叩き付けた。いつになく激しい行為に、シャルロットは思わず苦しげにうめいた。が、それでも幻十郎の動きは止まらない。むしろ、より激しさを増すかのようだった。 「うおおおおおっ!!」 「ひぅっ!……くふぁぁぁっ!」 シャルロットが先に絶頂を迎えた。組み敷かれたまま体をくの字に曲げながら、幻十郎の首にしがみつくように果てた。二、三度、びくびくと痙攣するように全身が震えた後、ぐったりと倒れる。体が、床の上に溶け広がるかのような感覚に、彼女は息を吐いた。 「くっ!」 その直後、幻十郎がシャルロットの中に精を吐き出した。下腹に広がる熱い感覚に、シャルロットの目はとろん、と霞み、再びゆっくりと、大きく息を吐く。 「は……ぁぁぁぁぁぁぁ……」 ――どさり。 シャルロットの体に、熱く重い何かがのしかかってきた。 「……?」 それが幻十郎の体だと気付くのに、わずかばかりの時間を要した。いつもの幻十郎なら、行為の後はすぐに体を離し、煙管を吹かすことが多かった。しかし、ぐったりと倒れこんだ幻十郎は両目を閉じたまま、荒い呼吸を間断なく続けていた。 「げ……幻十郎……?」 のしかかる体の重みに耐えかね、シャルロットは幻十郎の体を揺すった。が、幻十郎は目を開けることなく、その上半身はずるりと床に滑り落ちた。 「幻十郎!!」 シャルロットの顔色は、蒼白になった。 幻十郎はゆっくりと目を開いた。次第に意識が鮮明になってくると、自分の置かれている譲許うを把握しようと、霞む目を押さえてから周囲を見回した。 頭を動かした拍子に、額に乗せられていた手ぬぐいが落ちた。幻十郎の熱を吸って生暖かくなってはいたが、元は冷たい水を含んでいたに違いない。傷口は、青い布で縛られていた。青い布は、いつも幻十郎の奴隷が、美しい金髪に結び付けていたリボンだった。 だが、シャルロット本人は、庵の中にはいなかった。 (ふん……逃げたか……) 当然だろう。逃亡の機会として、これほど相応しい状況は有り得ない。 かすかに鼻を鳴らし、幻十郎は格子窓から外を眺めた。白々と明け始めた空を見ていると、わずかに目眩がした。ゆっくりと身を起こし、小さなため息をつく。 その時、庵の外から、引き摺るような力無い足音が聞こえてきた。 (なんだと……まさか!?) 近づいてきた足音は、戸の前で止まった。用心の為か、幻十郎は愛刀に手を伸ばす。 がら……。 開いた戸の向こうに、朝日を受けて輝く金髪が見えた。俯いていたその顔が、幻十郎の様子を見てぱっと跳ね上がった。 「…………気が付いたのか……!」 シャルロットはそう言って、ほっと息を吐くと、脱力したかのようにその場に膝をついた。 「……なぜ……戻ってきた……?」 「え……?」 質問の意図がわからないのか、シャルロットが小首を傾げる。 「……逃げたのだろうが……?」 「いや……そうではないが……」 腰を落としたまま視線をさ迷わせるシャルロット。 「医者を……でも…断られてしまった…すまない…」 シャルロットは逃げたのではなく、傷の悪化した幻十郎のために医者を呼びに行っていたのだ。この庵から街までの道をずっと駆けていた証拠に、彼女の白い足の裏は泥だらけで、所々血が滲んでいる。砂埃で薄汚れ、白い肌や着物には、木の枝で切ったのか無数のほころびができていた。街では、外人ということで奇異の目でも見られたし、夜中だったせいで医者には嫌がられた。その上、彼女が金を持っていないと知ると無下に追い払われた。汚らわしいもののように追い立てられ、塩までまかれた。 「逃げはせんと言ったはずだぞ……?」 そう言って、シャルロットは困ったように微笑んだ。 幻十郎は言葉を失っていた。何故、自分のためにそこまで献身的に振る舞うのか理解できなかった。彼女を侮辱し、陵辱し、拘束し、考えられる限りの屈辱を受けた相手に。 「阿呆が!」 吐き捨てるように言って、幻十郎はごろりと横になる。 「そうだな……だが、私はお前の奴隷だからな……」 「……ふん」 鼻を鳴らし、幻十郎はシャルロットに背を向けた。シャルロットはしばらくその背中を見つめていたが、やがて疲労感に耐え切れず、どさり、とその場に横たわり、静かな寝息を立て始めた。 |