「かなんなあ…」 ロバート・ガルシアはホテルのベッドに身体を投げ出し、ガリガリと苛立たしげに髪をかきむしった。 彼の頭を悩ませているのは、ライバルであり親友でもある、リョウ・サカザキのことである。彼の様子が、先日以降どうにもおかしいのだった。 世界規模の格闘大会「ザ・キング・オブ・ファイターズ」に新メンバーで参加したまではよかった。新加入のキングの実力は評価しているし、口うるさい極限流空手師範・タクマ・サカザキが参加していないおかげで、変な緊張感もない。 大会が始まって数日経過した頃、そのキングの態度がおかしくなった。だが、その異変はある日リョウが彼女の部屋を訪れ、朝まで戻ってこなかった事件を境に解決したらしい。それについて、ロバートは何も気にしてはいない。むしろ、「やっとその気になったか!」と歓迎していたほどである。 では何が問題なのかと言うと―――――――節度である。 昨晩、ひとり寂しく夕食をとり終えたロバートがホテルの中庭を散歩している時、リョウとキングにバッタリと出くわした。彼らは、植え込みの奥から現れた。 (こいつら……ここでヤッとったな……) 気まずさを押し隠し、ロバートは「よう」とだけ声をかけた。 「ロ、ロバート! こんなとこで会うなんて奇遇だな! な、何してるんだ!?」 上ずった声、どもった口調。ロバートの予想は確信に変わった。リョウの態度は不自然きわまりなく、キングに至っては真っ赤な顔で黙ってうつむいて、目を合わせようともしなかった。 (何もクソもあるかい!) 喉まで出かかった言葉を飲み込み、ロバートは何とか冷静さを保った。 「バナナの叩き売りしてるように見えるか? 散歩や、散歩」 ロバートはそれだけ言って、足早に2人のもとを立ち去ったのだった。 「これやったら、師匠(タクマ)と一緒の方がまだマシやで、ホンマ…」 誰にでもなく呟いて、ロバートは今日だけで二十回目になるため息をついた。 (しゃあないけどな、あの二人の恋愛感覚は、中学生並やし…) リョウ、キングともに、親もなく年端もいかぬうちから妹、あるいは弟を必死で育ててきたという過去がある。キングのことは詳しくはわからないが、リョウに関しては最も近くで見てきたロバートにもよくわかる。彼らの思春期が、どれほど辛いものであったか。 幼すぎるがゆえにまともな仕事はなく、リョウは身体も成長していないうちからストリートファイトに身を投じた。いくら極限流の空手を学んでいても、体力、キャリアの差は埋めがたく、傷だらけになりながらもファイトマネーを稼いでいたのだ。ロバートが援助を申し出ても決して受け入れようとはしなかった。 「ユリは俺が守るんだ」 当時のリョウは事あるごとに、うわ言のようにそう言っていた。色恋に目を向ける余裕など、欠片もなかったのである。そして、キングもまあ似たようなものだろう。 苦労人の二人がようやく手に入れた幸せなら、快く祝福してやるのが人情だろう。 かと言って、現状のリョウがアリかナシかと言われると… 「お前らはサルかっちゅうねん!!」 憤らずにはいられない、ロバート・ガルシアであった。 ロバートが絶叫している、その頃… 「ねえ、どこ行くのさ、リョウ…」 キングはリョウに手を引かれて歩きながら、どことなく心細そうな声で尋ねる。リョウは答えずに、ずんずんと突き進んでいく。 中庭の森を突っ切るつもりらしい。 (あっ……ここ……昨日の……) 思い出すだけで、キングの顔は真っ赤に染まる。 昨日、リョウと森の中を散歩している時、いきなり抱き締められたのがきっかけだった。 抱き締められたまま唇を奪われ、舌を差し込まれた。身も心も溶かすような、激しく情熱的なキス。 身体から力が抜けた隙を突くように、ゴツゴツした手がキングのシャツの中へ滑り込んで来た。抗う暇などない。瞬く間に指がビスチェの隙間に滑り込み、胸の先端を捉えた。 「ちょ、ちょっと、リョウ……こんなところで……んんっ!」 抗議の言葉は二度目のキスに封じられた。 「ダメだってば! 人が……」 はかない抵抗。ものともせず、リョウの手はスラックスの中に忍び込んでくる。 「見られる……はんっ!」 さらにショーツをも乗り越えて、秘裂に触れられると、押さえつける手の力は抜ける。それだけで、もう抵抗する意思を根こそぎ奪われていたのである。 片足をリョウに持ち上げられ、木に両手をついていないと立っていられなかった。手による抵抗をそうして封じられたまま、戸惑ったような表情で自分の肩越しにリョウを振り返る。 いつ誰に見られるともしれないという、気が狂いそうなほどの恐怖感と背徳感、そして興奮が、あっという間にキングの股間を潤わせた。 持ち上げられていたキングの足が自由になっても、彼女は即座に抵抗できなかった。下半身から広がっていく、甘美な感覚に押し流されそうになっていたのだ。そのままスルリとスラックスが下ろされた。濃いブルーのショーツと、同色のガーターベルトがあらわになった。弱々しく抵抗しながらも、キングはリョウに向かって尻を突き出すような姿勢をとらされてしまう。 「すごいな……濡れ過ぎて、下着の上からでも形がわかるぜ…」 リョウが息を吐くように呟いた。リョウの吐息を、遠い世界の物音のように聞いていたキングだが、さすがにその言葉にはきつく目を閉じた。 「いや………言わないで………」 ショーツはそのまま、股の部分を引いてずらすだけ。 「ちょっ………んくっ!」 かすかな抗議は、リョウの侵入によって途切れた。あまりにも早い陥落だった。心の準備も何もない。 「あふぅっ……んっ……んふ!」 声を出すわけにはいかない。茂みを隔てた向こう側には、ホテルの泊り客が普通に歩いているのだ。唇を噛み締め、必死で堪えるキング。 (ダメ……聞こえちゃう……声が……抑えきれない……っ!) 今にも口をついて飛び出しそうになる声を飲み込み、手で口を押さえた。 「んーっ……んふ! んんぐぅ………」 唇の端から、押さえた指の隙間から、くぐもった自分の声がかすかに漏れる。 「どこまで我慢できるかな……」 リョウの呟きに不穏な空気を感じ取り、キングは振り向いた。腰の動きは止まっていないので、口は塞いだまま。 キングの腕がふさがっているのをいいことに、リョウの手はするするとキングのシャツのボタンへと伸びた。 (そんな……ダメだってば!) 胸ボタンを外そうとしていることはすぐにわかった。だが、その手を抑えようとすれば声が漏れてしまう。キングは必死になって身をよじるが、突き込まれながらなので思うように抵抗できないでいた。 やがて、キングのシャツのボタンは上から2番目、3番目が外された。全部外す気は最初からなかったらしい。 シャツの中に滑り込んだ手が、器用に動いてビスチェのホックを外し、キングのふくよかな双乳をすくい出すように露出させる。外したボタンの間から飛び出した丸い肉丘を、リョウの手が弄んだ。 キングは身じろぎをやめた。自分が身をよじればよじるほど、取り出された胸が激しく揺れることに気付いたからだった。視界の中で踊るように揺れる胸を見るのは、想像以上に羞恥心を煽られた。 ――目を閉じればいいんだ… そんな当たり前の結論に達するまでに、ずいぶんと時間を要してしまった。しかし、せっかくアイデアを思いついてもキングはそうしなかった。 正確に言うと、するまでもなかった。 (な……なにっ!? 何なの!?) 一瞬にして、キングの視界はリョウによって奪われていた。目の周りに感じるのは、硬い布の感触。リョウが、自らの帯を解いてキングの目隠しに使ったのだった。 「ね……ねぇ、リョウ……冗談だろ? ちょっと、外してよ!」 いきなり暗闇に包まれた恐怖感から、キングの声はやや震えていた。 「んはあァっ!!!!」 強く突き込まれ、キングの背が仰け反った。 「んんん〜〜〜〜〜〜っ……」 ピン、と尖った胸の先端が、リョウの指に挟まれてひしゃげた。 「ひあ!!」 触れるか触れないか、ギリギリのタッチで背筋を指が這った。 何も見えない空間の中で突然襲いくる快感。見えないから、タイミングがわからない。見えないから、次にどこへ刺激が来るのかわからない。 「ひぃん………ん、んふぅ……」 自分の声に驚き、慌てて口を塞ぐ。が、その腕はリョウにつかまれて背中に捻り上げられた。片手は木に付いて身体を支えているので動かせない。 (こ……こんな……まるで………) 先ほどからリョウが何も言わないのも、キングの不安感を後押しした。 「んう! ……ふぅっ……んく! んっ……んんっ!」 抑えきれない声が漏れた。茂みの近くを通りかかる人がいれば、間違いなく気付くだろう。そして、注意深く聞けば、自分達がしていることにも気付くだろう。 「誰かいるんですか? どうなさいましたー?」 茫洋とした男の声が、茂みの向こう――中庭の方から聞こえた。聞き覚えのある声だった。ホテルのボーイだったと記憶している。 「!!??」 キングは背筋に氷水が流れたかのように、全身を硬直させた。ゴクリ、と唾を呑もうとしたが、口の中はカラカラで、喉がグビリと鳴っただけだった。 リョウは相変わらず無言のまま。 「へ…平気……枝に引っ掛けてズボンを破いてしまったんだ……んぅ……」 キングが必死に言い逃れようとする間にも、リョウはゆっくりとしたペースで怒張を出し入れし続けていた。 「だ……から……んっ……見られちゃ困るよ……」 (苦しい言い訳だな……) リョウが耳元で囁いた。そんな些細なことさえ、目隠しされたキングにとっては大きな興奮材料となる。 「何か、ご入用のものはありますか? タオルでもお持ちしましょうか?」 心配そうに申し出るボーイに、キングは思わず唇を噛んだ。 (まだ立ち去らないみたいだぜ?) 「へ…平気だよ! いっ……いいから、どこかに……んふっ!!」 リョウの分身が、勢いよくキングの体内を抉った。 「…お客様?」 「いいから、あっちへ行きなよ!」 思わずキングは叫んでいた。さもないと、嬌声を上げてしまっていたに違いない。 「は、はい、かしこまりました…」 狼狽したような声を残し、ボーイは立ち去った。 いや、ひょっとする傍に隠れていたのかもしれない。自分達がしていることを気配で察知し、物陰から様子を伺っていたのかもしれない。 「んんぅん!!」 だが、もうキングにはそんなことを気にしている余裕はなかった。声を堪え、平静を装うにも限界がある。 リョウの怒張が入り込んでくる度に、自らの蜜壷がたてるグチャグチャという粘着的な音。脳天まで突き上げられるような感覚が、キングを忘我の極みに押し上げていく。 (ああ…いい、もう見られても……いいっ!!) ホテルの部屋で、初めてリョウと結ばれた時とは、比較にならないほどの快感だった。 (あの時の私は、明らかにおかしくなっていた……) ぶるっ、と、キングは全身を震わせた。 恐怖なのか、興奮なのか、自分でもよくわからない。ただ、漠然とした不安感のようなものが、モヤモヤと胸中に立ちこめているのだった。 「リョウ……ここは……」 キングの手を引いていたリョウが立ち止まったのは、プールサイドだった。ホテルには屋外と屋内、二つのプールがあり、ここは屋外のプールである。 日が暮れているせいか誰もいない。ナイター設備がないわけではないが、ほとんどの客は安全性の高い屋内プールを利用しているらしい。 「このプール、夜は人があまりいないんだ」 リョウはキングの手を取ったまま、プールサイドに腰をおろす。リョウの意図がつかめないキングは、訝しげではあったが、とにかく彼の隣にしゃがみこんだ。 (何だ……しようとしたわけじゃないのか……) ホッとしたようにため息をつき、キングは月光を受けてキラキラと輝く水面を見つめる。 だからこそ、リョウの次の言葉に驚きを隠せなかった。 「泳ごうぜ」 唐突にリョウはそう言った。 「ま、待ちなよ、水着の準備もしてないし……最初に言ってくれたら…」 「いらないさ、水着なんか」 リョウはそう言うが早いか、オレンジの上着を脱ぎ捨てると、キングが制止する間もなく、勢いよくプールに飛び込んだ。 「きゃっ! ちょ、ちょっとリョウ!」 水しぶきを浴びながらも、慌てて呼びかけるキング。 「来いよ、キング……気持ちいいぜ」 頭を振って髪についた水滴を飛ばし、リョウはもう一度、しっかりと濡れた手でキングの手を取った。 「え……でも……」 キングは、ちらり、と自分の服装に目を移した。下着の上に白いパンツとYシャツ。確か、下着は淡いブルー。こんな格好で水に入れば、確実に透けてしまう。 「ダメよ、リョウ…やっぱり私……」 弱々しく拒絶しながら、手を引こうとするキングだったが、リョウの手に込められた力は思いの外に強く、ピクリとも動かない。それどころか、じわじわとプールに向かって引き込まれていく。 「ちょっと、リョウ! 冗談はいい加減に……」 そこまで言った時、キングの手はリョウの両手に包まれていた。 「…来いよ………」 「……あっ…………きゃあ!」 静かなリョウの声に気を取られた瞬間、盛大な水しぶきとともにキングの身体は、プールの中に引き込まれた。 「もう! ムチャするんじゃないよ…」 キングの抗議を、リョウはニヤニヤと笑いながら聞き流した。 「ムチャをするのはこれからだぜ、キング……」 リョウの言葉に、キングの胸の内で何かがズクン、と大きく震えた。 |